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2007年9月

朝焼けの古代劇場

Pict0130 夏が終わる。もう秋の気配です。
日曜の朝7時半。アルルの町はひっそりと、まだ眠りから覚めていませんでした。

夏は観光客でにぎわう古代闘技場前には、人っ子一人いません。
闘技場を過ぎて、古代劇場を通りかかり、ふと見ると、明けかかった陽のあたる古代劇場。Pict0132

夏の間、設置されていた舞台の撤去作業中。夏の間はさかんにこの古代劇場で、演劇や音楽の催しがあったのですが、それももうおしまい。

どんどんと日が短くなり、秋に突入です。

この古代劇場は、紀元前27年から25年ごろ、アウグストゥス帝治下に建てられました。
直径102メートルの半円の形をしており、33段の階段席には1万2千人の観客を収容することができました。27のアーチを持つ、3階建ての建物でした。大きさでは、古代闘技場(アリーナ)の約半分ということになります。

写真にある柱は、舞台の中央後ろにあるデコレーションの一部でした。本来は4本あったものですが、2本だけ残りました。二人の未亡人と呼ばれています。

この劇場は、5世紀ころにはすでに、異教徒の堕落した見世物を見せる劇場として、キリスト教徒から迫害を受け、教会建築用の資材として、壊され始めました。その後は、要塞として使われますが、住宅や修道院、庭園などとして切り分けられ、長い間埋没して忘れ去れていました。17世になり、再発見され、現在の形に修復されています。

夏の間には、この劇場で、演劇、オペラ、コンサートやその他の催しが行われます。Pict0131

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お疲れ様。

ガイドさん仲間にお会いして、慣れた方はやはり開口一番、「お疲れ様です。」と言われるのですが、私はどうしても、おはようございます、とかこんにちは、と言ってしまう。新入りですから、なるべく失礼のないようにと、自分なりに努力はしてるつもりですが・・・・難しいです!

今までずっと日本人と接することがほとんどない環境に、ずいぶん長くどっぷりと浸かって生活してたから、しょうがないといえば気は楽なんですが、先方にはそういうことはわからないわけで・・・

この週末から昨日まで、3日連続でお仕事でした。早い日には6時半に家を出て、日曜は帰ったら夜の11時半だった。さすがに疲れました。今日は、ダウンしてます。久々に家でだらだら・・・・・(^・^)今だったら、「お疲れ様」がスムースに出てくるかも?!

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アヴィニョン 世界遺産の町

アヴィニョンは、ガイドのお仕事を始めるにあたって、一番最初に研修した町です。それだけ、日本から来るツアーのお客様がたくさんいらっしゃる町でもあります。

14世紀の城壁に囲まれた旧市街には法王宮殿、町のすぐ前を流れるローヌ川にかかる通称アヴィニョンの橋、サン・ベネゼ橋があります。

プロヴァンスの一地方だったアヴィニョンに、14世紀に法王庁が移転してくるという一大事が起こります。以来、このアヴィニョンの町は、芸術と文化の中心地として栄えます。
法王宮殿は、1332年から1352年にかけて、二人の教皇によって建設されます。ヨーロッパでも最大のゴシック建造物で、延べ平方面積は1万5千平方メートルもある、広大な宮殿です。けれども、残念ながら宮殿は教皇がアヴィニョンに滞在した当時の華やかさを、すっかり失った形で現在に伝えられています。今では、その堂々とした宮殿の外観とわずかに残されたフレスコ画から当時を偲ぶことができるだけです。

旧市街には、町のあちこちに石畳の古い通りが交錯し、洗練されたおしゃれなお店がたくさんあります。
Pict0011_2 Pict0012

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マルセイユ

鉄道を使って旅をすると、到着した駅がそのままその町の印象につながることがある。
マルセイユの駅は、私にとってまさにそういう存在である。

初めてこの駅に降り立ったのは、いつのことだったか。いつの季節だったか。パリやヨーロッパの大都市の大きな駅は、どれも立派で目を見張るものが多いが、マルセイユの駅が印象に強く残っているのはなぜだろう。

駅の構内から一歩出ると、高台にある駅から眼下にマルセイユの通りが広がる。開放的なすがすがしさと見渡す景色のよさ、階段に配置された彫像の素晴らしさに立ちすくんだことを覚えている。Pict0112

駅前の通りの緩やかな坂道を下ると、目抜き通りのカナビエール通りにたどり着く。カナビエールを右手に折れると、ヨットのマストで埋まっている旧港が見えてくる。潮の香りのする港に、隣接して都会がある。そのアンバランスさもマルセイユの魅力なのだ。

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お肌の曲がり角

は、とっくに過ぎてると思われるが、どうしてもほっぺのシミが気になりだして、遅まきながらコスメを探してみました。
去年、半年ほど、ニュー○〇○ズのシミ消し化粧品を使ってみたけど、これといった効果はなかったような・・・・・

たいていは、日本に帰ったときに調達してたんですけど、おフランスは美容エステの本場じゃないのか!?と考え直し、まずは薬局の美容部員さんに聞いてみました。こっちの人は、ほんとお肌の手入れしてないみたいだし、半信半疑で行ったんだけど、ありました。ちゃんと、シミ消し用アンチ・エイジングの化粧品が!しかも、今までは日焼け止め指数が高いという理由で、(節約もかねてます・・・)子供用の日焼け止めで用を足していたんですが、こちらも聞いてみると、なんとあるんですねぇ。ちゃんと加齢肌用の日焼け止めが。

朝夕、気になる部分にほんの少し刷り込んでくださいということでした。メラニンを浮き上がらせてシミを消してくれるらしい!
始めて今日で三日目。効果のほどは???暗示にかかりやすい性格なので、初日から効果ありか!?と驚いてましたが、やっぱ、そうは簡単にはいかないようで・・・・残念ながら。続けてみます!


 

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お知らせ

ココログさん不具合のため、お返事のコメントが返せません。

書き込みいただいたコメントの中に編集という形でのお返事をさせていただいています。
ごめんなさい。

必ずお返事はさせていただくつもりですので、おかまいなかったら感想など書いていただけると、とても嬉しいです!Pict0023

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ポンデュガール 大水道橋

Pict0125確か高校の世界史の教科書にも載ってるはず。
初めてここを訪れたとき、こんなところにあったのか!と妙に納得したのを覚えています。1985年以来世界遺産にも登録されているローマ時代の水道橋に行ってきました。

今日は土曜日、お仕事ではなく、退屈してる下の息子を川遊びに連れていきました。橋の下を流れるガルドン川で、カヌーくだりをしたり、泳いだりできるのです。

いつ行っても変わらぬ美しい姿は圧巻です。Pict0121

16キロ離れたユゼスにあるユールの泉から、ニームに水を供給する目的で、紀元40年から60年ごろに作られました。50キロにも及ぶ水路を15年がかりで作り上げたようです。この橋はその水路の一部分に当たります。ニームとユゼスは直線で結ぶと25キロの距離ですが、ローマ人たちは自然の地形の勾配を利用して、50キロにも及ぶ水路を作り上げました。水路のほとんどの部分は地下に埋没したものでしたが、ガルドン川を横断するために橋を作りました。

ニームと水源地では17メートルの高低差しかありません。1キロメートルあたり、34センチの傾斜ということになります。傾斜率は0,04パーセントです。

約5万トンの石が平積みされています。大きいものでは、ひとつが6トンもあるそうです。ガルドン川の最低水位から49メートルの高さ。橋の全長は273メートルです。

水は3層あるアーチの一番上を流れていました。実際に水が流れていた水路の中の高さは約180センチで、人も十分に通行可能ですが、橋を保存する観点から、現在では、事前に予約をしポンデュガールの公認ガイドを雇わないと最上層を見学することはできません。

場所はアヴィニョンとニームのちょうど中間くらいになります。

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絹織物と食通の町、リヨン

リヨンは、紀元前一世紀からガリアの首都として栄えました。
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フルヴィエールの丘には、ノートルダム・ド・フルヴィエール大聖堂がそびえたち、リヨンの町を一望することができます。この同じ場所に、紀元前一世紀にはローマ都市が建設されていました。現在の大聖堂は、ローマ時代のフォーラムの上に建っているのだそうです。すぐ近くには、古代劇場があり、隣にはオデオンと呼ばれる音楽堂があります。このあたりはローマ時代の町の中心でした。時代が下るに連れて、人々は丘を降りて、ソーヌ川沿いに住み始めます。

フルヴィエールの丘のすぐ下にはルネッサンス期の旧市街が広がっています。24ヘクタールの旧市街には、12世紀のサン・ジャン大司教教会もあり、Pict0096 世界遺産に登録されています。

15世紀前半には、ルイ15世が自由市の開催を許可し、ヨーロッパ中から物資が集まり、ヨーロッパ有数の交易地として繁栄します。15世紀後半には絹織物が伝えられ、現在でもリヨンは絹織物の町として知られています。この自由市にはヨーロッパ各国から商人が集まり、各国の貨幣を両替する必要があったので、両替商、銀行が設置されました。現在でも、フランスの主な銀行の本店はリヨンにあります。

こうして中世以降、リヨンは文化、経済の中心として発展を続けます。

現在では、パリ、マルセイユに次ぐフランス第三の都市です。

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行ってきました。

Pict0109 先週の週末、急な仕事が入り、急遽リヨンに行ってきました。南仏でしたら、もう15年も住んでいるのでたいていのところには行っているし、気候にしても町の雰囲気にしてもなんとなくはわかります。しかし、、、、リヨンは少し遠いですので、まず気温がこちらとどのくらい違うのか、と天気の心配から始めなければなりません。一度、10年以上前に行ったことがあるきりのリヨンを、お客様を連れてご案内するのは無理があるように思えますが、お仕事です。プロ意識を持って、日本からいらっしゃるお客様をお迎えしました!

まず前日の朝早くからリヨン入りし、旧市街をくまなく散策、事前にネットで調べた資料と照らし合わせながら、市観光局主催のガイドつきツアーに参加。市の公認ガイドさんにぴったりくっついて、質問させていただきながら町の情報を集めました。

幸いリヨンのお客様は、とてもよい方ばかりで、緊張しないでご案内することができましたが、ハプニング続き(交通渋滞など)で、結局世界遺産にも登録されている旧市街のご案内はできないまま、次のエクス・アン・プロヴァンスへと移動することになりました。お客様には申し訳なく、残念に思いました。

後からわかったことですが、もともと大先輩の熟練ガイドさんのお仕事だったのが、急な事情で来られなくなったためのピンチヒッターだったそうです。けれども、ご一緒させていただいた先輩ガイドさんにいろいろと教えていただき、たいへん勉強になりました。

リヨンって、東京みたいでした。広くて、大きなビルがたくさんあってびっくり。

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ミストラル

今日もがんがん吹いてます。
こんなときに、南仏に観光に来られるお客様は大変です。
吹きすさぶ風というのは、本当に始末に悪い。ミストラルが吹くと赤ちゃんの機嫌が悪くなるとか、馬が暴れるとか、はたまた気が狂うとか・・・いろいろいわれます。私は、頭痛がすることがあります。

今朝は、商工会議所の主催する語学学校の集まりに出席していました。去年から正式に日本語教師として働いています。ただし、私の受け持ちは一クラスのみ。週に2時間の授業です。人気は中国語なのですよねー。生徒が集まらない!

4.5年前から、主に高校生に日本語を教えてました。ガイドの仕事は去年から、研修を始めて少しずつ。去年はニームの観光局に夏場の忙しい時期だけですが、臨時職員の仕事ももらってました。

二束のわらじということわざがありますが、まさに何足もはいてる感じです。

他に、通訳として裁判所に出頭することもあれば、原子力関係の記事の翻訳をしたり、通訳兼ガイドとして、車でお客様を観光だけでなく商用も兼ねて、ご案内することもあります。これは稀なケースですが、探偵まがいのカーチェイスを繰り広げたことも・・・・・
またまた、フランスで作品を発表したい!というご希望のアーティストの展覧会の場所探しから、開催までの一部始終、メディアに取材されることがあれば通訳として、ホテル、電車の切符の手配から、南仏に滞在される際の一切のプランニングまでお手伝いさせていただいたり。。。。。大きな会場で、たくさんの人を前にしてスピーチをすることもあります。

日本に住んでいたら、とても体験できないことをやらせていただいてる。書き出すと、なんだかとても忙しそうですが、残念ながら、こういう仕事は全て単発。やはり定期的に収入がないと困ります。

週2時間といえど、お給料をいただいて、日本語を学ぼうとして通ってくれる生徒さんがいるわけですから、全力投球でがんばらなければならい。でも、他のことも同時進行でやってるし、なんだかしんどくなるときがあります。

ひとつのことに、集中して継続できるといいんですが・・・・
でも、今のままでも人生常にチャレンジで楽しんでやっています。

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9月です。

今日のニーム、最高気温は24度だそうですが、肌寒いくらい。ミストラルが吹いているんです。ミストラルというのは、リヨン以南、ローヌ川沿岸を地中海に向かって吹く烈風のこと。
冬によく吹くのですが、冬に吹く風と決まっているわけでありません!真夏でも(確かに夏場は少ない)吹けば、気温はぐっと下がります。今日も、お日様はぎらぎらと出ていますが、半そでTシャツでは、寒かった。

フランスに住むお友達同士で情報交換することがありますが、洋服はどこで買うの?という疑問にやはり皆さん、興味があるようです。どうしてもフランスのサイズだと日本人には大きい。袖が長い。パンツの裾が長い・・・などなど。。。フランス人の女性でも小柄な人は本当に小柄なんですが、骨格が違うのでしょうか。
私は、CAROLLで買うことが多いです。どちらかといえば、おばさんブランドだと思っていたのですが、モンペリエのブティックでウォッチングしていたら、けっこう若い子も買ってました。あと、サイズさえ残っていれば、穴場はMONOPRIX。モノプリと発音します。全国チェーンの街中にあるスーパーですが、食料品売り場の他に、化粧品、衣料・小物のコーナーも充実していて、なかなかおしゃれです。私が覗く機会の多いニームのモノプリの場合、売り場の規模が小さくて商品の循環が早いので、気に入ったものがあったら迷わず買わないと買い損ねてしまいます。Pict0077_2

暑いさなかに一目ぼれした買ったもの。69,9ユーロ!手ごろなお値段というのもモノプリの魅力。この調子で気温が下がり続けたら、もうすぐ着れるかな?

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ユゼス

Pict0062_2 現在も公爵夫人の住むお城が町の真ん中にあるユゼスに行ってきました。

すっかり観光客も影を潜めて、しんとしていました。
夏の賑わいを知っていると、冬に来ると驚くほどの静けさですが、8月最後の金曜日というのに、町はもうすっかり静けさを取り戻していました。

Pict0063ユゼスはニームから約25キロほど北にある、小さな町。有名な大水道橋、ポン・デュ・ガールはユゼスにあるユールの泉から、ニームに水を供給するために作られた水路の一部にあたります。

けれども、現在ユゼスにはローマ時代の遺跡は残っていません。肝心のユールの泉の水源も謎に包まれたままなのです。その理由は、ユゼスでは、現在に至るまで、一度も大掛かりな発掘作業がされていないことにもあります。

ユゼス、ポン・デュ・ガールのお話はまた改めて・・・・

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おいしいメロンの選び方

夏に南仏を訪れたなら、ぜひご賞味いただきたいのがメロン。とぉってもいい匂いが市場で漂っています。でも、案外あたりはずれがあることも。選び方のポイントを農家のお母さんにお聞きしました。
まず、ずっしりと重みのあるものを選ぶこと。
メロンの筋がはっきりと出ているものがよい。
ヘタの切り口から、蜜が垂れているもの。

それから、ヘタを引っ張ると簡単に取れるのがいいとか、匂いをかいでみることとか、人それぞれ選び方があるようです。

私はどうしても自信がないので、今日食べるんだけど・・・とかいつ食べたいかを言って、お店の人に選んでもらいます。

画像は昨日買ってきたメロン。メロンの季節ももうおしまいです。
味は先週買ったものより落ちてました。
やはり旬は7月ごろから8月中旬くらいまででしょうか。

南仏メロンでも、特に有名なのがカヴァイヨン産のメロン。甘いのは本当においしいですよ!

エクス・アン・プロヴァンス名物のお菓子、カリソンはメロンの砂糖漬けとアーモンドペーストを使ったお菓子です。Pict0069Pict0071

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